寺報 清風












 先日、私の祖母・伊勢チカ子(前坊守)の13回忌法要が本堂で勤められた。いつの間にか過ぎ去った12年がとても早く感じられた。また、常日頃より週末は法事に出かけ、僧として読経し少しばかりの話をもしてきたが、改めて法事の持つ意義が問い直された。

 幼少の頃より、厳しかった母とは対照的に、祖母には大変優しく育てられた。祖母に怒られた記憶はない。片足で跳ぶ「ケンケン」が10回できると、その褒美にキャラメルを1個もらい、嬉しかったことも鮮明に覚えている。晩年にはあちこち体を悪くし、入退院を繰り返し、当時上海に住んでいた私に「祖母危篤」と連絡が入り帰国した。すでに私が誰かわからないほど老衰し、そのことが大変寂しく、また人間の老いてしまう姿の悲しい事実を学ばせてもらった。

 何度目かの帰国の折、たまたま私が病室のなか、ベッドの横で一人付き添っている時に祖母はその一生を終えた。亡くなる瞬間は、安心したように深く息を吐き出して、二度と吸わない、つまり呼吸が絶えた時であった。私の祖父・伊勢研学は私が生まれた年に亡くなっており、これが家族の臨終に立ち会った、生まれて初めての体験であり、驚きと共にその厳粛さにどうして良いのかうろたえた。また、あれ程優しかった祖母の死に、何故か素直に泣けなかった自分を責めもした。

 家族に連絡して病院に来てもらい、その後は葬儀の準備の慌ただしさに追われ、あれよあれよといううちに儀式は終わってしまった。私達は「人間は生まれてきて必ず死ぬものだ」と頭では理解していても、家族の死をそのまま受け入れることは難しく、また実際に身内を亡くすと様々なことが問われてくる。「人は死んだら仏さんになるのか」、「浄土へ往くと言うが、どんなところか」、「自分が死ぬ時はどんな気持ちなのか」等々。私は葬儀後すぐに上海に戻ったため、本来そのようなことを自身に問う場でもある七日七日のお勤めには参詣できなかった。

 しばらくしてインドに1ヶ月程の旅をする機会を得た。東端にあるカルカッタから入国し、お釈迦さんが菩提樹のもと覚りを得たブッダガヤ、初めて説教をした地であるサールナートを経て、陸路でアラビア海に面する西側のボンベイに行き、更に南下するルートを予定した。祖母の遺骨を少し分けてもらい、旅の途中でガンジス河(ガンガー)に流すことにした。

 散骨の機会は、1週間程滞在した、ガンガー沿いのヒンドゥーの聖地であるベナレスにあった。牛の糞だらけの狭い路地では、物乞いや巡礼者、野牛や無邪気な子供たちに会い、ガンガーでは罪を清めようと沐浴する者も多く、また汚物が流されるその河で洗濯もするという、まさに混沌とした生と死が交錯する街であった。ガンガー沿いには幾十もある「ガート」と呼ばれる河へ降りることのできる石段があり、そこは焚火で死者を焼く火葬場ともなっている。ある日の早朝、ガートにいたインド人の手漕ぎのボートに乗せてもらい、ガンガー両岸の中央に行き、太古より流れ続ける河に祖母の遺骨を落とした。祖母の死に対し、初めて涙が溢れ出た。

 経典「仏説阿弥陀経」には、「恒河沙数諸仏(ゴウガシャシュショブツ)」という言葉がある。ガンガー(恒河)の砂の数ほど多くの仏様がおられる、という意味である。地球上に人類が誕生して以来、過去には無数の人が生まれては死に、現在地球上にいる60億の人々も皆同じく命を終え、これから生まれてくる子供たちも、生まれてはそれぞれの人生を歩み、そして死んでいく。人は皆死ぬのだ。「倶会一処」、死んだばあちゃんもここなら寂しくないだろう、と涙した。私は泣きたかったのだ、ということに気がついた。そして私はインドで祖母の死を受け止めた。

 祖母が晩年暮らしていた「隠居部屋」は、築90年余を経て少しばかりのリフォームがなされ、現在は寺の「離れ」として私が使用している。法事で、久しぶりに見た祖母の写真に胸が打たれた。優しく微笑んでいるその写真は、何か私に語りかけ、あるいは問い、導こうとしていた。手前勝手な自身の歩みを振り返り、祖母に対し申し訳ない生き方しかできていないことが明らかになった。仏様に向き合って、本当の自分を知る。その自分をまた生きていく。一般的に法事では、故人の供養がその中心であろう。しかし、仏となった故人と出遇い直すことこそが大切である。今後の真宗門徒の皆さんと共に、凡夫のための教えを聞いていきたい。


[文章 若院]



≪寄付金 収納状況≫ 

 昨秋、11月より葉書による寄付金申込書が順次郵送されるとともに、寄付金のお届けが順次ありました。2月末の時点で葉書集計枚数は、512枚でした。その寄付金額の集計額は、目標金額の87%に達しています。当初より今回の事業については厳しい予想があり、心配しつつスタートしました。お同行各位にあっては不況感漂う中、篤いご理解を賜り感謝申し上げます。

 事情によって納付くださる時期が遅延となるも、確かにご支援くださるとのお声も届いています。また5年で完納するが、さらに引き続き5年間ほど継続くださる申し出の方も数名ございました。ありがたいことです。

 一括払いの方が64%、分割の人が36%でした。すでに口座に入金された額が1億7千万円にまでなりましたので、いよいよ本堂・本設計に始動することができる状況になりました。2、3ヶ月間で設計士を選任し、契約を締結。設計期間が4、5ヶ月、その後に施工業者が決定し、今秋・冬に着工できるかと思います。本堂工事が着工されると、門徒会館で今後の行事・法要など勤めます。新・本堂は、約2年後に完成、その後に玄関・その他の付帯事業に着手することとなります。

 分割でお届けくださる方で、振込用紙が必要な方は、お寺までお知らせください。寄付金をお寺にお届けいただいた方々には、直接領収書をお渡ししています。銀行等に振り込んでいただいた方には、少し遅れていますが、順次確認してお届けします。分割でお寺にお届けくださっている方には、仮・領収書を。分割郵送の方は、完納した時点で合計額を記載した領収書をお渡しする予定です。


≪御稚児の募集≫

 碧南市西端の古刹・応仁寺において、宗派の枠を超え東西本願寺の僧侶有志が主催して、親鸞聖人750回忌法要を厳修します。5月27日(日)。お稚児さんの募集(8千円)があります。楽団・迦陵頻伽、スーパー絵解き座の出演などもあります。
 問合せ先:本澄寺 (0563)59−7390








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2012年3月号

祖母の13回忌法要
発行所
真宗大谷派 称念寺
発行人 住職 伊勢徳